●蕎麦エリート!?このわたしが?

大人になって、勤め先の夏。
残業で疲れてきりっとした物が食べたくて、頼んだ出前の冷やしたぬき蕎麦。

ラップを剥がして、箸を割る。

…え。
何これ?
白っぽい。つるつるしてるし。
箸で持ち上げると切れちゃうよ?
噛み応え、ないよ?
のびた細うどんじゃないの?(うどんさんごめんなさい)

今思えば出前蕎麦の標準レベルだったんですが…。

私の口は知らず「蕎麦エリート」になってしまっていたのです。 
蕎麦の英才教育、恐るべし!

そんなに好きでは無かったはずの蕎麦が。
つまらない食べ物だと思っていた蕎麦が。

「う、うぉーたー」…
ヘレン・ケラーよろしく、私はその時ずっと身近にいた「美味しい」蕎麦の存在に気付いたのでした。

何気なく遊んでいた幼なじみが、世間に出てみたら実は美形と知った…みたいな?(違うと思う)

そんなこんなで、おそまきながら蕎麦の魅力に目覚めました。
ワインなどもそうですが、対比する複数の味を知って、xとyの座標がはっきりして、初めて美味しさがわかることってあると思うんです。
「旨いかまずいかは感覚だから理屈じゃない」というむきもあるでしょうけれど、私はワインはそうでした。
たくさん味わって楽しんで、そうやって自分が本当に好きな味に気付くのかなと。

●伝説の蕎麦屋の終わり
 
蕎麦の美味しさを知ってからは、親にくっついて葉山のお蕎麦屋さんを訪れることも増えました。
ずずずず。ずぞぞぞぞ。かみかみ。ごっくん。こんな美味しかったんだ、私のばかばか、味音痴。
蕎麦がきも蕎麦の風味が生きてるし、蕎麦団子も素朴できな粉と相性も良い。
レジの奥様が時々おみやげにと下さる胡麻油も美味しいです。

しかし幸福な日々は永遠には続きませんでした…蕎麦の味が変わったのです。
年配の御主人が体調を崩されたそうで、奥様が打ったものでした。
同じ材料、同じ道具なのに違うんです。
「オカモトさん、いつもありがとうございます」の声も聞けないことが多くなりました。

そしてある日。
いつものように家族で店を訪れると、定休日では無いのに雨戸が閉まっていました。
白い貼り紙が一枚。車の中からも筆文字が読めます。
「店主 網膜剥離のため蕎麦が打てず 店を閉めさせていただきます 
永年ありがとうございました」

えええ!
理由まで書くかな……ですが、きりっと真面目な蕎麦を打つ御主人の人となりを表しているような。

「心の目で打てよ!」

弟、無茶振り。
でも、御主人の蕎麦を愛するゆえの暴言でしょう。

御主人のご健勝を祈って私たちはその場を離れました。

帰路、
「残念だね…でも閉店のお知らせ葉書くらいくれてもいいのに」と私。
「だって私たちの住所も名前も知らないでしょ」と母。
えっ…?ほぼ毎週40年通い続けたのに…?

そこで私はずっと気になっていたことを訊ねました。

…ねえ、オカモトさんって誰?」

父、
「ずっとそう呼ばれてたよねー、なんか勘違いされてるらしくて」

…はい、うちの名字は全然違うのです。

 
蕎麦の味以外にはテキトーな父も5年前に他界しました。

今は弟が休日に母を車に乗せて、新しい贔屓のお蕎麦屋さんに通っているようです。
何しろ彼は子供の頃から直系生粋の蕎麦エリートですから。


追記:これを書いてから調べて知りましたが、このお蕎麦屋さん、昭和天皇の御用達だったのだそうです。
さすが御用邸の門前。小さな普通のお蕎麦屋さんだったんですけれども。 
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